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★   南宮山 上石津町  
 
 標高 419 m 二等三角点 

2005年1月13日(木)
  雪ちらちら舞う、関ヶ原合戦−歴史の舞台 
くもり 時々小雪

行程 (約9.3km)   結果は三角点手前で引き返した山行

JR垂井駅(10:00)〜1.7km〜(10:24)南宮大社(10:31) 〜1.9km〜(11:55)毛利秀元陣所跡(12:00)〜1.0km〜(12:20)南宮山頂手前〜0.8km〜(12:40)陣所跡昼食(13:40)〜0.9km〜一つ松(14:10)〜0.7km〜朝倉貯水池〜1.7km〜(15:00)真禅院(15:20)〜2.2km〜(15:50)JR垂井駅

    

垂井駅から南宮山を望む

 JR大阪駅07:47〜09:08米原09:11〜垂井09:36

近江八幡あたりから車窓から見える景色は大阪とは一変して、白一色の世界となった。気温表示板は0度を指している。そして雪も降り続いていた。

 この調子では南宮山も30cmくらいの積雪があるかもと想像していたのだが、関ケ原を過ぎれば雪はだんだん無くなり、垂井の駅では積雪は全く無し。

 雪山を期待していたのに残念!!目指す南宮山にも雪はうっすらの様子。


 南宮大社は朱色がとても鮮やかで、楼門からつづいて正面に舞殿があり、その奥に拝殿がある。奥には本殿がいくつも並んでおり、16もある社殿が全て重文になっている。

ハイキング道は大社の左側から裏手へまわる道から始まる。 裏手に神社の改修で不要となったカワラでカワラ塚を造ってあり面白い試みだ。 南宮稲荷の赤い鳥居をくぐり抜け、小さな蛇池から東と西の道に分かれるが上部で合流する。

 コースは木で階段状に整備された道がつづくも坂がゆるいので段差は特に高くは無く歩きやすい。

 これも初めて目にする「眠り神」と書かれていた石柱。「由来 : ここには明治維新の神仏分離まで、薬師堂があり、あらゆる病気がなおるという霊験の厚い薬師仏がまつられていました。 その仏さまと相並んで「眠り神」は、「ねる子は育つ」ということから、幼児健育の守護神として厚く尊敬されてきました。」と表示がある。 いろいろと神様があるものだ。

南宮大社


展望台よりの眺め

三角点への道は雪道

 大社の御神木が椿であり、駅から大社までの下水の蓋も椿の絵が彫られていたし、この山道の両側には奉納の椿が植えられ「千本椿」と呼ばれている。

 野鳥の鳴き声を聞きながら登れば、少しずつ雪が道にあらわれる。

 一ツ松、高山神社を経て、展望台に着く。すばらしい展望が開け濃尾平野が大きく広がり養老山が眼前に望まれる。

 ここから山頂への道には積んだ雪に人の踏み跡が無く、野ウサギらしき足跡のみが忠実に山道に沿い点々と続いている。

 展望台から一旦下り、登り返す。まだ先かなと又下る。前にピークが見えるが20分も歩いて三角点が無いのはおかしい、ガイドには「頂上は近いが・・・」となっている。ここで引き返す。

 展望台まで引き返し、昼食休憩とする。小雪の舞う中、寒いのをがまんで、お酒で乾杯。

 下りは一ツ松より朝倉山の貯水池への尾根を直滑降する。普通の道を歩きたがらない私たちはこりずに困難な山道を歩く。


 「健康のため」に二日に一回南宮山通いを続けられている方がいると聞く。地元の人には毎日登山の山ですね。

 

 なぜだ、山頂に行けなかったのは 

 山頂近くの展望台は、西軍の総大将格の毛利秀元の陣所になった所で歴史を感じさせるコース。陣跡からさらに山頂は1km位先で、40分程度かかる。コースもはっきりしていない所もあり、アップダウンのコース。山頂は雑木で展望が利かない。 「ハイキングコースの紹介より抜粋」

 たかが400mの山だ、簡単に登れるだろうと考えたのが原因で、一応手にしたガイドブックには「展望台から頂上は近いが、登山道は無い」とのことだった。この紹介を先に読んでおれば、又地形図で調べておれば山頂を確認せずに引き返す失敗はしなかったと思う。

真禅院の三重塔(重文)

他に鐘楼、本地堂も重文

 


登山口 : 岐阜県不破郡垂井町宮代       Mapion >> Map

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